「夢と幽霊の書」(作品社)/アンドルー・ラング著、ないとうふみこ訳

 本を開く前に、少年時代に友人などから聞いた幽霊話を思い返していた。恐かったという記憶が残っている。タイトルの「幽霊」の二文字でドキリとしてしまった。冒頭に「本書は主に、ここに蒐集したたぐいの話に興味のある人たちに楽しんでもらえればという思いで執筆したものだ」とある。恐いもの見たさ、聞きたさの気持ちはみな共通してある。読み進めるうちに「興味」が大人としてあらためて湧いた。静かに水のように沸騰した。

 かつてロンドン留学中の夏目漱石が愛読していたという幽霊譚の名著が、本邦初訳にて刊行。漱石の愛読の事実は興味深い。なるほど。古典から現代までを見渡せば民話や物語と幽霊とはつながりが深い。話に登場する幽霊というものの実体とは、必ずそれを描写する現在の言葉と筋によりとらえられていくものであることに気づいてみると、文学と幽霊の二つの世界の接点は当然なこととして受け止めることができるのかもしれない。 

 筆者はルイス・キャロルやコナン・ドイルらが所属した心霊現象研究協会の会長。客観的な視点により無数の話を分類し、分かり易く編んだ。例えば「夢」「水晶玉による幻視」「近世の幽霊屋敷」「アイスランドの幽霊」「幽霊と幽霊屋敷」「さまざなおばけ」などのカテゴリーがある。ふと現れる、目的をもって現れる、死者による、生者による(=生霊)、家族を守ろうとする、誰かに恨みをはらす、ものたち…。冷静な網羅と分類の手管に、時空を超えて見えてくる何かがある。まだまだ未開の領域である人間のテレパシーが幻覚を産んでいるのではと度々に説明を試みているのも特徴的だ。超常と科学の両方への視点を離さない姿勢が現実との境目を忘れさせたり、新鮮に浮かびあがらせたりする。

 様々な死後の風景との出会い。異郷の怪異譚でありながら通ずる不思議さを思う。絶対的な質問と向き合いながら、「コワイモノ」は薄れていき「ミタサ」の気持ちだけが頁をめくっていることに気づく。幽霊たちからのメッセージが追いかけてくる。死ぬとは生きる意味とは。

( 初出 産経新聞文化欄 )

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2018.01.06更新