スプーン

 中勘助の「銀の匙」を時折に読み返す。特に冒頭部分。 

幼少時。主人公が、ふと銀のスプーンを見つける。どうしてもそれが欲しくなり、母にねだる。大切にしなさいと言われて許されるという場面。

 歩き始めたばかりの幼い息子の姿を思い起こして、クスリとしてしまう。家の中をさまよい、自分にとって珍しいものを見つけると、立ち止まる。じいっとそれを見つめる。

 些細なものである。キーホルダーとか、ヒモとか、鉛筆削りとか。その瞬間に出会うと、父は息を潜めて静かに待つことにする。

 やがてむんずと掴む。急ぐ。本棚の左下の彼だけの引き出しにそれを入れる。違う遊びに夢中になっているすきに、そこを開けてみると、いろいろな宝物と思われるものが詰まっている。どこにいったかナと思っていた何かが、ちゃんとあったりする。妻とこっそりと笑い合ったりした。

 そういえば私は、家に届く手紙に貼られた切手がどうしても欲しかった。祖父はそれをハサミでいつも切り取ってくれた。そして裏の紙の部分を、洗面器に湯水を入れて、ふやかして、はがした。

 秋から冬。湯気がもうもうとあがった。良く思い出す。これはやはり名文の力である。