「ろうそくの炎がささやく言葉」 管啓次郎 野崎 歓編

春が来ると思い起こしてしまう。あの混沌とした時を。

私たちを襲った未曾有の災いについて今もなお語ることは難しい。多かれ少なかれ、そんな印象を誰しもが持っているのではないか。だから時にはみんなで口をつぐむしかなくなる時がある。しかしそれは、とても不安で仕方がなくなる。

春の光や風に、頭ではそれでも前を向かなくてはと思いながらも、心は震災当時のことを昨日のことのように思い返してしまう。春という芽吹く季節の訪れとともに、季節の表情を繊細に感じている五感そのものが災いの日々を鮮明に思い出させようとしているのが分かる。

東北の春の足取りはとてもゆっくりとしたものである。思えば震災を経験する前までは、大地の雪解けはじれったいものでもあったし、なかなか過ぎ去らない冬の名残の風景に味わい深さを覚えるものであったし、初夏の風を想像させるものでもあった。

その頃になると福島には吾妻山連邦というものがあり、そこに小富士とよばれる、福島の街を見下ろしている、ひときわ高くて美しい山がある。その峰にうさぎの模様が浮かぶのである。これを「吾妻の雪うさぎ」と呼び、昔から福島人に親しまれている。その絵が浮かぶと、種まきの準備をし始めてきた。

震災の時、「雪うさぎ」は人の心を励ましていた。多くの人々が避難をしていくなかで、みな山を見上げて、涙やくやしさや不安を浮かべて故郷を後にした。離れていくのも、残るのもつらい選択であった。その地に残った私たちには食糧や水も満足にはなかった。放射線量の心配から不用意な外出は避けるようにと呼びかけがあった。津波に巻き込まれた知人の死や行方不明の知らせが届いた。一か月に一〇〇二回の余震が起きたと言われているのだが、いつも地の震えとさらなる原発の爆発を、福島に残る者みな、心の暗やみのなかでひたすらに恐怖していた。

本書「ろうそくの炎がささやく言葉」を手にしたのは、震災から半年も経たない頃であった。福島県内のみならず東北の様々な地域で停電などがあり、実際に暗い夜をろうそくの炎を便りに暮らしていた話しをいくつも耳にしていた。タイトルを目にした折に、この春の日々を象徴していると直感した。

詩人で文学研究者の、管啓次郎さんが震災後に編んだ詩と短編のアンソロジーである。普段から考えがとても明晰で、心が広くて優しい方だ。帯には、「朗読のよろこび」と記されている。ろうそくの火を囲んで声を出す、という会の企画を念頭に作品は集められている。

何かを読むという行為とは、目だけではなく耳で確かめ合うためにもある。確かな手応えとしてこのことが、傍らに示されているとも感じた。明滅する光の隣で静かに話し合おうとする人々の、肉声の存在感のようなものがある。

「目を凝らす、ということ。/薄暗がりの中で、文字をつかまえようとして」(関口涼子)。本を開いて読み耽っていると、一冊に収められた様々な今へのまなざしが、静かに現れては消えていくかのように感じた。編者の管さんと野崎歓さんを初めとして、明川哲也、石井洋二郎、堀江敏幸など三一人の力ある書き手たちが結集して、気持ちを傾けている。私たちが求めたい真のフレーズを、心の中の闇とかすかな光との交わりの中で探り当てるために、それぞれの筆先でじっくりと追いかけている感触がある。

「ろうそくがともされて/いまがむかしのよるにもどった」(谷川俊太郎)。時間を灯そうとすることで、見えてくるもの、聞こえてくること。震災という暗い夜の意味をくぐり抜け、先へと進もうという詩人や作家たちの言葉の歩みはみな、ささやきの声明かりを頼って踏みしめられているかのようだ。

暗がりに震えながらも肩を寄せ合い、わずかな炎の下に耳を澄ますことが、災いの意味を想うことの始まりなのかもしれないと読み終えた時に想った。この詩句に深い吐息と決意とを感じた。「ひとつの心が破れるのを止められるなら/無駄に生きたことにはならない」(エミリー・ディキンソン・柴田元幸訳)。

特に管さんの文章は私に様々な示唆を今も与えてくれている。「詩の主題はつねに地、水、火、風。自然力は人が書くどんな詩にも流れ込む。そこを流れる時間は悠久で、百年も千年もない。一方、人工物は、技術は、人が意図しないかぎりは詩に影すら落とさない」。

今回の原発の爆発による放射能汚染で奪われてしまったのは「地」「水」「風」「緑」である。そしてここで暮らしてきた誇りが、それとともに失われてしまった。だからなのかもしれない。私たちはあの精神の暗やみの日々の中ではっきりと渇望していた。二度と自然の素顔は戻らないのかもしれないと直感していたからこそ、炎を前にして求めたのかもしれなかった。

管さんはこう続けている。「意識されない技術は疑似自然となって、われわれが暮らす都市に輪郭と限界を与えながら、みずからの存在を忘れさせる。この忘却を自然が打ち砕く。人間が社会と称するものがどんな循環にさらされているかを思い出させる」。

「疑似自然」の象徴が原発であったとするのなら、絶対に壊れることのないシステムを福島の私たちに説いてきた姿勢は、これら「忘却」のためにこそあったのかもしれないと感じられる。管さんが語るように、打ち砕く力にはどのような先端の技術が結集されたとしても少しも敵うものではないことを知らしめた。

「われわれは、自然力との関係をむすびなおすにも、技術の暴走を止めるにも、言葉によってわれわれの行動を調整する以外にない。詩は、詩こそが、生きるための技術なのだった」。

古来から詩とは、その役割を担ってきたのである。このことをもう一度、とらえ直すために今、詩は数多くの人々に手渡されなくてはならないと感じる。

ある被災地では東北の寒さに耐えながら、ろうそくの炎のまわりに集まり、一つのおむすびを四つや五つに分けて食べていたと直に聞いた。その時に交わされたわずかの言葉も沈黙も、炎のささやきであったと思う。生きるための、言葉の明かり…。