「ラジオスターレストラン」 寮実千子

花巻で、宮澤賢治の朗読を聞いたことがある。

いや正確には弟の清六の声を。

「原体剣舞連」という作品。生前の賢治が清六に、よくそれを読んで聞かせていたらしい。清六が耳で覚えているそれを再現しているという貴重な音源を、賢治の甥にあたる和樹さんに聞かせていただいた。

穏やかで優しいその口調に心を打たれながら、言葉だけなのに、眼にはみえないあらゆるものが交響し合いながら賢治の世界として迫ってくるのを感じた。

寮実千子さんの大作「ラジオスターレストラン」を読み終えて、その時の感触を思い出した。「SFファンタジーの名作」と表紙をめくると紹介されているが、ああこういう詩集を探していたんだ、と読み終えて思ってしまった。

スケールの大きさの中で、長大な時間と言葉の美しさとが見つめ合っているかのような感触がある。賢治の「銀河鉄道の夜」などの世界に想を重ねていきながら、それを超えて莫大な何かをつかまえていこうとする筆の先がここにはあると感じた。

ペルセウス座流星群の夜。「十一月の町」は星祭りで賑わっている。お祭りに混ぜてもらえないユーリとイオは町の決まりを破って、ギガント山へ行く。そこには天文台がある。そして二人の目の前に隕石が落下…。異次元の扉が開く。「牙虎」という絶滅したはずの動物が現れて、ユーリはあるところへと誘われる。そこは「宇宙レストラン」。恐ろしい山猫ならぬ宇宙猫が登場なのかと思いきや、ラグというロボットが現れる。

ユーリの隣には必ず、イオやラグや牙虎などの心強い友がいる。それぞれの場面の案内者となってユーリを導いてくれるのだが、それはそのまま宇宙の不思議への誘いであるとも言えるだろう。

やってくる「時間の波」に背中を押されるようにして進む、異次元世界への冒険。たどり続ける、はるかな星空の記憶…、宇宙の始まりや絶滅の悲しさや、生と死の意味と出会う。描かれる壮大なパノラマに、時と命のしくみを想わされる。

途中から気づかされる。この異世界は原子力の恐ろしさや環境破壊の愚かさの先に広がる、未来の地球の姿なのではあるまいか。いにしえをたどる過去へのまなざしが未来へと、長い語りの中でゆっくりと転換してゆく。

今回、21年ぶりに大幅に加筆されたとのことであるが、私たちの現在への警句が書き直されたのだとしたら、そのことを美しく結晶させている寮さんの想像の筆力には、圧倒的に迫って来るものがある。

特に「風は地球の息、水は血管を流れる血、動物や植物は細胞」というフレーズに惹かれた。本書は地球への全的な視線に満ちている。「地球がまるごと、楽器です」。そしてこの星の自然の営みによるざわめきを、宇宙への電波発信=ラジオにたとえている。

ラグがユーリに語る、「地球はラジオ・グリーン。いつでも緑の電波を発信しているんです」。そして他の星の友だちを探しているんだ…、と。

「その人々はどんな音楽を奏で、どんな物語を紡いでいるんだろうね」とさらに語る場面に、憧れと孤独とが感じられて、涙ぐましくなった。

そうだった、私は朗読を聞いた後に、何人かの知人の前だったのに、恥ずかしくも泣いてしまったのだった。世界の美しさ、さみしさ、哀しさ…。あらゆる感情と感覚とが交じり響いてきたようになって、涙があふれた。森羅万象の真実がそこにあった。この物語を読み終えて、そのことを鮮やかに思い起こした。

花巻をわずかに旅した一週間後、三月十一日を迎えたのだったということも…。震災で命を失った多くの方々に心が捧げられている…、そんなふうに本を閉じて思った。

そして思いはさらにめぐった。

小学校の理科の時間に、星座早見盤を初めて手にした時は、とても興奮を覚えたものだった。いつも眺めている夜の空が、手の中に広がっていて、日付にメモリを合わせると今日の夜空の姿が分かる。そしてすぐにひらめいた。ああ例えば半年前の夜の表情も、これからの季節の星々も、これで眺めることが出来るのだ。

宿題が出された。今日の夜に早見盤を見ながら、見えた星の名前をノートに書いてくること。「銀河鉄道の夜」を国語の時間に読んでいるので、みんなはその場面をあれこれと思い浮かべているのが分かった。とてもわくわくして、家に戻ってから家族にすぐにこのことを話した。今日の夜は庭で観察をすることを確認したのであるが、その後で私の頭の中にあるひらめきが生まれた。

「銀河鉄道の夜」の挿絵を眺めながら、ななめ後ろの席の東京のある町から来た転校生が、昔住んでいた家では夜に星があまり見えなかった話を周りの人にしていた。街の明かりがあるとそれにさえぎられて星空は良く分からなくなるのだとみんなに教えていた。こんなふうに見えたことなんかない、と絵を見て話していたことを思い出した。

ああ明かりのないところで空を見上げなくてはいけないのだ、と信じた。家の坂を下りてすぐ目の前にある、枯れた草がぼうぼうと生えている野原へ行かなくてはいけない。あそこだったら、家の明かりに邪魔されずに星座を見渡せる。母に話したら、予想通りではあったが、子どもが夜に出歩いてはいけないと言われた。宿題なのだと食い下がり、しばらく問答が続いたが、結果として生まれて初めての夜間外出が許された。

秋の終わりごろだったと記憶しているので、厚着をしていざ…。なぜだか妹も後ろからついてきた。母も夕食の片づけが終わったら、来るらしい。これじゃ、一人の外出にならないヤ…と思いつつ、上を見上げた。

満天の星。

早見盤を夢中で回す私たちは、さながら電波発信をしている地球人である。

いつも思っているよりも今日は、宇宙は広くて深いということが分かった。

早見盤が示すとおりに、星はきちんと大きな決まりを守っている。私と妹のどちらかがジョバンニで、どちらかはカンパネルラだ。

小さく列車の音がした。

あたりの山にこだまして、貨物列車の通る音が時折に、いつも聞こえるのだ。