「退屈のすすめ」 五木寛之

ついこの間までは、退屈に満ちていた気がする。それが四十歳を過ぎて、国語教師や執筆活動を続けながら、部活動や講演活動、子育てなど、毎日はめまぐるしい。
だからなのだと思うが、幼い頃はもちろんだが少年から青年にかけて、暇を持てあましていた時が、なんだか時折にとても懐かしくなる。

別稿ではゆとりというものについて、「人生の塩」という本をとりあげて語らせていただいているが、本稿はそれともまた意味合いが違う気がする。本当の「退屈」とは…。

思い返してみる。とにかく時間があると野山で遊んでいたものだった。友だちと一緒でも一人でも。野原で虫捕り、川や田んぼなどで、小魚やざりがに、ドジョウすくい、魚釣り。こんなふうに書いてみるだけでも胸が熱くなる。あれは自分にとって何だったのだろう。「退屈」しのぎだったのか。いや、違うな。心から追い求めていた「遊び」だったのだ。

残念ながら、原子力発電所の爆発以来、野山で遊ぶ子どもたちの姿は見られなくなってしまった。この間も、ある子どもの作文を読む機会があったのだが、家に帰るとまず母親に石や砂や葉に触ってこなかったかと聞かれて、触ってきたと答えると叱られるという作文を読んで、とても寂しい気持ちになった。

東京で暮らしている友だちにかつて、福島に子どもを連れてきたら、五月の稲の青々とした水田を見つめて「ゴルフ場」だと叫んだと教えられて、笑い合ったことがある。それまで水田を見せたことがなく、父親の好きなゴルフ場に何回か連れて行ったことがあることとを記憶していて、自然=ゴルフ場だと思っているのだと友人は言っていた。その話しを聞いた時に、こんなふうに虫捕りや水遊びなどをしたことがないのだな、何だか可哀想だなと思ったことを覚えている。

しかしこうして考えてみると、福島の子どもたちも野山の近くに住んでいるというだけで状況は変わらないということになるのだろうか。今、福島の子どもたちはこのように「退屈」を過ごす方法を奪われてしまっている。

退屈…。休みの日。高校時代のことである。友だちが遊びに来たが、あまりにも暇だった。夕食を食べてもまだ友だちは帰らなかった。

それでカブトムシの幼虫を捕りに行ったことを覚えている。暗い山道の奥の幼い頃によく掘りにいっていた秘密の場所があったのだが、久しぶりに行ってみたところ、わんさかと出てきた。

持ってきた水槽やバケツに入りきれずに、家に戻り段ボールのようなものを持ってきてそこに入れたのであった。それを軒下のようなところに置いて、成虫になるのを良く眺めていたことを思い出す。

こうして考えてみると子どもの頃の遊びを、高校になっても変わらずにやっていたことになる。退屈を前にすると子どもの時の自分が顔を出してくるといえるのかもしれない。私は退屈や遊びの時間をすっかりと忘れてしまっている。これでは心の中の何かが欠けているような気がする。

本の話しに進もう。五木寛之の「退屈のすすめ」を購入した。ぱっと手が伸びた。帯の一文。「楽しくなくては生きていけない。退屈がなければ生きていく価値がない」。うむ。達人から学ぶことにしよう。

「何とでも遊ぶ、この気持ちに徹すること」「そのことに実は私たちの人生がかかっている」と語り、例えば「靴」、「車」、「アート」、「本」、「夢」など五木なりの様々な趣味の時間が述べられている。いくつかの中で特に面白かったのは、「声」あるいは「体」との遊びを勧めているところである。まず朗読のススメ。「休日の一日、大声でいろんな文章を読んでみる。」「声に出して読むことで、見えてくるものがある」。

そうなのである。実は私は自作詩の朗読活動を二〇年ほどやっている。土日に仕事がなければほとんど毎週のように、どこかのステージで詩の朗読をしている。

声に出すと、自分で書いたものながら、全く違う表情に〈見えてくる〉のが良く分かる。

何回も推敲して、目で文字を追った時とは、全く違う新しい感興が心に起こる。この時、別の新しい自分に出会うことが出来たような気がする。勿論、自作などでなくていい。五木が言うように、普段に愛読している本で良いと思う。活字を声に出すこと。私も是非オススメしたい。

五木は、たとえ顔は洗わなくても足は絶対に洗うことを習慣としているらしい。ユニークなのは、足の指の一本一本に名前を付けているところである。右の親指から「一郎」「二郎」「三郎」…。左の親指から「カズミ」「フタミ」「ミミ」…。話しかけながら、洗っているらしい。このことをやってみてはどうかと読者を誘う。馬鹿馬鹿しくて、一笑に付してしまいそうである。

止まれ。そうやって一瞬にして素通りしてしまおうとすることこそが好奇心や冒険心を忘れている瞬間なのである。太くてごつい我が親指。何という名前にしようか。
「私は靴が好きだから、いろんな靴を買う」と語っているところもある。「無駄を承知で買って買って買いまくる。ブランドや値段にとらわれることなく、あちこちの店ではきまくってためす」。

私は実は足が二八センチで大きいので、サイズがたくさんあるというわけではなくて、そして横幅がふつうの人よりも大きいということから、なかなかふっいとするものが見つからない。店へと出かけて靴を試してみることについては、なんだか昔から苦痛を感じてきた。

五木は少年時代にピョンヤンで抑留生活をしていたことがあり、一家で夜間に脱出を図った。「そんな局面で、鍵を握っていたのは靴だった。ちゃんとしたフット・ギアを用いている者はほぼ最後まで完走できた」。この体験が、五木を靴に向かわせるのだそうだ。 私の心の中に少年時代から刻み込まれているもの。そこへと呼びかけていきながら、私も退屈の時間を積極的に作っていくことにしたいと思う。