〈追悼〉谷川俊太郎さん
寄 稿
面白い人なんだねえ
飛行機で隣り合わせになった。谷川俊太郎さんとの出会いであった。
一緒に朗読の出演をさせていただくイベントへ向かうために、共に乗り込んだのであった。私は詩集を出したばかりの新米詩人であった。まずは自己紹介をさせていただいた。親しく挨拶を返していただき、その後も空の上で、いくつか言葉を交わしたのだったが、あまりにも緊張しすぎていて詳しくは思い出せない。上空で静かに目を閉じていた横顔だけは、はっきりと思い出すことができる。
ステージは私が最初であり、谷川さんが最後という順番であった。出番を終えて楽屋へと戻る時に、客席に座って聞いて下さっていた谷川さんに呼び止められた。「面白かった」「一緒にやろう」と握手を交わして下さった。海の物とも山の物ともつかないような若い詩人を励ますようにして、とても丁寧に接して下さる姿に深く感動した。この時の言葉を真に受けてしまい、それから福島での数々のイベントにお誘いしてしまうことになる。
ほがらかで気さくなお人柄だが、詩作の話題に関しては真剣だった。対談やトークイベントの相手をたくさんさせていただいたが、間が抜けているものや、整理できていない質問を投げかけたりすると、たとえたくさんのお客さんの前でもすぐに厳しく突き返された。会話が楽しくても甘えてはいけないという教えなのだろう。詩については常に鋭く凛とした姿勢があった。振り返れば二五年もお付き合いさせていただいたが、それに関する話になると、いつも対話を楽しみながらも内心は緊張していた。
中原中也をめぐるイベントを企画した折に、北海道のイベントで滞在していたのに、その合間を縫って出演して下さった。当日はたくさんの来場者があり盛況のうちに終わった。まずは福島のみなさんが企画した内容だから…、そして中原中也と父が親しかったから…と理由を語りながら、北海道へすぐに戻っていかれた。
これからも福島に来ますよとにこやかに話して下さった。中原中也、福島の人々…。時間や空間を超えて人を大事にする方だと深く感じた。訃報を知り、見送った時の背中を思い出す。本当に旅立たれてしまった。「宇宙はどんどん膨らんでゆく」(「二十億光年の孤独」)。六〇冊以上の詩集を残して。書物の言葉の宇宙を手にしながら夜空を見あげて、どのあたりを今、歩いていらっしゃるのだろうか。秋の終わりの星々にたずねてみたい。
ある夏の終わりの日に、杉並にある谷川さんのお宅に、初めて伺ったことが浮かぶ。
電話で道順を詳しく教えていただいたのだが、実は良く分からなかった。とにかく近くまで行ってみよう。谷川さんの家は近所のみなさんが知っているだろうし、誰かに教えてもらえるだろうと安易に思った。近辺に着いた。迷った。道行く人に聞く勇気も無かった。
谷川さんに駅からお電話をしたら、すぐにサンダルにTシャツ姿で颯爽と迎えに来て下さった。ここまでのことを話すと「それで本当に来れると思ったの。面白い人なんだねえ」とはっきりとした口調で言って、けらけらと笑った。昼下がりの杉並の路地を、彼の背中を追いかけて歩いたことを思い返す。私は相変わらず迷い道にいるのだが、もう迎えに来てはもらえないのだ。目が潤んでくる。ありがとうございました、さよなら、谷川さん。