1
小高町へ出かける
昨年の今頃は
20キロ圏内立入禁止で
足を踏み入れることのできなかった町へ
現在は午後5時まで滞在することができるのだそうだ
小高へと向かう その手前で
検問所があったところで
車を止めて
見渡してみる
広い水田地帯
今は
どこまでも広い草原
草が ぼうぼうだ
くやしい
くやしい草原
2
小高駅に出かけた
出入口のガラス窓に
紙が貼られているままだ
「飼い主のいない猫を預かりました」と
閉めきった駅の待合室は
三月十一日のままの時間があった
誰を待っているのか
時そのものは
駅からずっと真っ直ぐに
道は続いていて 誰もいない遠くまでを見渡せる
人通りが恋しい
駅のロータリーの大きな時計も止まったままだ
駅前のジュースとアイスクリームの
自動販売機の電気は止まったままだ
内部はどうなっているのだろう
そのままだ
「そのまま」もそのままだ
3
埴谷雄高の生まれた町
よく遊びに来ていた町
駅の近くに教会があり
美しい絵が飾られていた
美味しいラーメン屋さんが二軒
競い合うようにして営業していた町
安くて美味しい店「浜陣」では
刺身の盛り合わせと瓶ビールをよく頼んだっけ
知人の家に本を届けに行くと
いつもドアが開いていた カギをかけない家が 多かった
「今 出かけていますが ごゆっくり」とメモ書き
「お茶も ご自由にどうぞ」
町中に正午のチャイムが響き渡った
ずっと あの日から
無人の町で 鳴り続けているもの
今日も
明日も
4
何よりも
高い無線塔が
原町にあった
人々はそれを誇りにして生きてきた
取り壊されてからも
人々の心に焼き付いていた
私はよく お年寄りからその自慢話を
聞くのが好きだった
見えないのに見えてくる
高い塔
人々はそれを見あげて
太平洋を暮らしていたのだ
今にも崩れそうなレストランを眺めていた
窓の隙間からかつての無線塔の写真が見えた
きぜんとして真っ直ぐに立っている
これが人々の「誇り」だ
5
小高から戻り マッサージへ出かけた
お客さん 精も根も 尽き果ててますね
と教えられた
家に戻り テレビを見た
「 少しだけ 帰宅してみると 家には 泥棒が入り
すっかりと 部屋も 庭も 荒らされていた 」
「 余計に がっかりした 」
「 自分の家がこんなふうになっていること 想像して欲しい 」
母から 電話が来た
「 家の除染が 始まった 柿の木を 切ることにした 」
ああ 一緒に育ってきた
四本の柿の木 その全てが奪われてしまった
途方に暮れる夜
精も根も尽き果てた
原子力発電所 2号機のことが気になる
目を閉じると 小高の高い青空だ
6
眠ろう
生きた
今日を
眠れよ
生きよ
明日を