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想田和弘監督との対談が終わりました。ハッシュタグ→ #sodawago で検索していただけると全部、ご覧いただくことが出来ます。ご感想をいただけると嬉しいです。書籍にも収められます(その情報もあります)。そちらもよろしくお願いいたします。
@KazuhiroSoda @ryohagino 想田さん、萩野さん、久下さん、ありがとうございました。お疲れ様でした! 最初は上手くいかず、どきどきしました。ツイッターの表現世界に新しい可能性を開くことが出来たようで、嬉しかったです。 またぜひ…。#sodawago
@KazuhiroSoda @ryohagino ありがとうございました! ぜひぜひお会いしたいです。またお話の続きを…、ありがとうございました! #sodawago
@KazuhiroSoda @ryohagino 生まれるし、想田監督の「観察映画」と拙なる私の「詩の礫」がやるべきことは、たくさん横たわっていると思います。まとまりがなくてすみません。想田さん~、最後、美しくまとめて下さい~。 #sodawago
@KazuhiroSoda @ryohagino つなぎあせていく眼がもとめられる。それが<神>から<私>へと震災以降、視点を譲って欲しいというふうに、みなさんで求めているのだとすれば、そこから新しい民主主義は必ず、→ #sodawago
@KazuhiroSoda @ryohagino 思います。そして時間を司ることを本当に求めるとき、ありのままそのままの時間の中の…、冒頭の言葉をお借りすれば、ドキュメントの中の「フィクション性」のかけらを→ #sodawago
@KazuhiroSoda @ryohagino 背反してせめぎあっていて、それが一個の社会批評たりえていると思います。なるほど。私は時間をつかさどる想田監督の手立てが、重要な社会時間への<批評>になっていると → #sodawago
@KazuhiroSoda @ryohagino 私はその同調圧力からの呪縛が、一個の歯車として生きることを強いられてしまう現代社会に自由を問うことにつながっていくと想います。想田さんのお仕事には渾然と解放とが→ #sodawago
@KazuhiroSoda @ryohagino 日常にある恐怖をもっと受け止めなくてはいけないし、もっとユーモアを語っていい。それが、恐怖とユーモアのどちらも、見えない社会の同調圧力のようなものから封じられる。→ #sodawago
@KazuhiroSoda @ryohagino先日、和太鼓奏者であり作曲者の佐藤三昭さんと夜遅くまで、語り合いました。和太鼓で描く、津波と原発の恐怖を忘れない曲を作って欲しいとお願いいたしました。→ #sodawago
@KazuhiroSoda @ryohagino でも最初から田村の筆には、恐怖とユーモアという背反したものがいつもせめぎあっていて、それは私たちの根源的な有り様を呼び覚まそうとしています。→ #sodawago
@KazuhiroSoda @ryohagino が頻出するように、高所恐怖症にも似た、社会への不安や違和感を描きました。そして それからは年を重ねて、社会と親しくなるようにしながら、ユーモアを求めた。→ #sodawago
@KazuhiroSoda @ryohagino 私の敬愛する詩人の一人、田村隆一の書く詩のテーマは、恐怖感とユーモアでした。 二十代から三十代ぐらいまでの田村は観念的なイメージを追いかけて、「崖」という言葉→ #sodawago
@KazuhiroSoda @ryohagino 「生」の時間を求めることにおいて、これまでの迷いや葛藤、それでもこのことだけは貫きたいという「生」を求める創作者としての到達点と、これからの展望を教えていだけますか? #sodawago
@KazuhiroSoda @ryohagino 想田さんの作品…、たとえば「Peace」のチラシに書かれてある通りだと思います。戦争と平和、生と死、ユーモアと切なさが同居する「生の時間」。惹かれます。想田さんに迷いは感じられないけれど、→ #sodawago
@KazuhiroSoda @ryohagino それは想田さんのお言葉を借りると、私なりのドキュメント=「無情」や「孤独」の本質を、辛いからこそ一緒に同じ足取りで、受け止めさせていだいているという感覚なのかもしれません。 →#sodawago
@KazuhiroSoda @ryohaginoそのチャンネルの周波数でしか、本当の私にとってのドキュメントを宿すことは出来ない→ #sodawago
@KazuhiroSoda @ryohagino 私にとりこの感応体=センサーが大切なのであり、それは何とも説明のできないことなのですが、場を共有するという一体感でしか、チャンネルは探し出せないし、→#sodawago
@KazuhiroSoda @ryohagino 全く分からない。だけどフォロワーのみなさんがそれぞれの感受性のセンサーのリアクションを返して下さるので、また書き進めることができています。→#sodawago
@KazuhiroSoda @ryohagino ありましたが春からずっとなるべく止めずに書いています。上手くいえないのですけれど、今の私は全く個人的な身体感覚というか生理感覚のようなものにだけ依拠しようとしているだけで、正しいのか、正しくないのか、→ #sodawago
@KazuhiroSoda @ryohagino 白熱するような夢中な感覚を、一連の震災からのツイッター発信の創作活動により、身体自体が覚えているところがある。今は身体と精神にそれを徹底的に記憶させようとして、本を刊行してからしばらく休んでいたことも→ #sodawago
@KazuhiroSoda @ryohagino 言葉ではなく、例えば風とか匂いとか音とか映像とか…がやって来ます。悪夢といおうか、激しい夢の続きといおうか、シュールな何か…、こうして考えてみると私にとっての映画の場面なのかもしれません。 →#sodawago
@KazuhiroSoda @ryohagino だけどたとえば、22日開業のスカイツリーの話題で持ちきり…。こういう時、かあっと来ます。ほとんどかあっと「詩の礫」の前触れがやって来ます。魔物のようなものがやって来て、キーを打つ手が迷わなくなる。→ #sodawago
@KazuhiroSoda @ryohagino 5月28日に、浪江町に一時帰宅した後、ご自身が経営をしていたスーパーの倉庫で自死なされた方の遺体が発見されました。私の知るかぎり、原発問題での自殺はこれで3件目。社会を揺るがす、悲しい問題だと思った。→ #sodawago
@KazuhiroSoda @ryohagino これは大きな問いかけになってしまい、申し訳ないのですが、想田さんは震災後の今を、ドキュメント作家としてどう見つめていらっしゃいますか?そして演劇を扱った次なる新作の後に何か構想をお持ちでいらっしゃいますか? #sodawago
@KazuhiroSoda @ryohagino しかし、もはや記憶との対峙…といった悠長なことは、私にとっては別問題という気がしています。現在、私たちははっきりと終わらない震災の中にあり、有事の現場に暮らしている→ #sodawago
@KazuhiroSoda @ryohagino 確かにおっしゃる通り、詩はその時にもう産まれているものであり、印刷媒体とはそれを記憶するものに過ぎないのかもしれません。だけどその記憶と対峙することもまた、文学の醍醐味でもあるのだと思っています。→ #sodawago
@KazuhiroSoda @ryohagino 私は背筋が冷たくなるような感覚を探しています。これは私の師匠の作家井上光晴の受け売りなのですが…。背筋が冷たくなるようなものだけを追いかけよ…と。→ #sodawago
@KazuhiroSoda @ryohagino これは私自身の解釈ですが、<主観>をどこまでも排する精神の裏側にこそ、深遠で親密な<私>の本当の眼があるといえるのではないしょうか。 → #sodawago
@KazuhiroSoda @ryohagino 生き生きと伝わってきます「ドキュメンタリーは主観の産物」…なるほど。「選挙」は動、「Peace」は静。それぞれの世界の早さに感応して、しかし変わらない想田さんの温度を感じます。→ #sodawago
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