戦争の歴史があった
故郷の歴史があった
侵略の歴史があった
屈辱の歴史があった
植民の歴史があった

世界は沈黙したままだ
だから夜を明かそう

和解の歴史があった
信頼の歴史があった
知性の歴史があった
福祉の歴史があった
家族の歴史があった

テロの今に
抗争の今に
悪政の今に
人身売買の今に
弱者虐待の今に

世界は沈黙したままだ
だから夜を明かそう

私たちは

怒りに歯を剥き出し
悲しみに目元をぬぐい
絶望に空を仰いで
優しさに微笑むしかない

涙の後に
虹をあおごう

拳を開いて
優しい風を味わおう

隣人の肩を撫でて
葉のそよぎを聞こう

手紙の一行目を書いて
ふと雲を見つめよう

母と子が夢中で話している
声に耳をすませて

未来を祈ろう
水平線よ
地平線よ

  1

詩人よ。人間よ。
お前は、この震災で何を見た。

家族を失い、家を失い、故郷を失い、日本を失い、 
拳で涙を拭う人を、見たか。

放射能の恐ろしい
真顔を見たか 横顔を

故郷を追われ、日本に追われ、
育ててきた牛に頬ずりして泣く人を、見たか。

親しかった風と土に、恐れを感じて、
誰も遊ぶ人のない砂場を、見つめたか。 

余震に倒れることが不安で、
切られてしまった庭の胡桃の木を見たか。

お前の書いた詩は、失われた家族を、失われた家を、失われた故郷を、
失われた日本を、涙を拭う彼を、その拭う拳を、追われた故郷を、
追われた日本を、育ててきた牛に頬ずりして泣く彼を、親しかった風と土を、
誰も遊ぶ人のない砂場を取り戻せるのか 

取り戻せるのか、四文詩人、五文詩人、六文詩人よ…、
取り戻せるのか

拳で涙を拭う彼のひとときを、
育ててきた牛に頬ずりして泣く彼のひとときを、
親しかった風と土を、あの日の砂場を… 

風を、雲を、光を、魚を、港を、草いきれを、
祖父を、日本を、船を、笑い声を、桜の木を、
道ばたを、ランドセルを、山影を、祖母を、福島を…
ドウスルのだ、お前の弱々しい思索なぞ、反吐が出るわ、引っ込め

胡桃の木を想うのか
想うのみか

余震だ。

  2 

 私は精神と肉体の独房で一人震えながら それでも  
 交響曲の指揮を振りたいのだ 

 私は
精神と肉体の独房で一人震えながら  
 詩を書くしかない
 私の影に 何万もの死が重なり合い

 地球を丸くしているではないか。悪魔め。
 この世界は あまりにも過剰に静かに騒然と沈黙している。
  
だから
さらに
切られてしまった胡桃の木を想う
木を想い 胡桃の実を転がす
それしかないのか、馬鹿者が、お坊ちゃんが。
悪魔の罵倒のさなか
空が落ちてくるのか 

地下を馬が駆け抜け 世界は暗闇となった
死者の数 行方不明者の数は増すばかり
彷徨った 泣いた 絶望した
あてどなく 空が落ちかかる その時
奪われた 失われた 
一本の胡桃の木を立てよ

喪失の悲憤の渦に巻かれもしよう、
激化する社会の矛盾に、
不気味な煙火に、
放射能という幽霊の肉体に、
家と家族を失った悲しみに…、
立てよ

都市よ 都市 友が暮らす都市に 胡桃の木を立てよ

山村よ 山村 詩人が暮らす山間に 胡桃の木を立てよ

海原よ 海原 母なる海原に 胡桃の木を立てよ

青空よ 青空 父なる青空に 胡桃の木を立てよ

そそり立つ 一本の胡桃 
一本の胡桃を立てよ
立てよ

  3

私は精神と肉体の独房で一人震えながら それでも  
交響曲の指揮を振りたいのだ 私の影に 

私は
精神と肉体の独房で一人震えながら  
 詩を書くしかない
 私の影に

何万もの死が重なり合い
地球を丸くしているではないか。悪魔め。

この世界は あまりにも過剰に静かに騒然と沈黙している。

詩という悪魔 

詩でお前を打ち負かしてやる詩でお前を燃やし尽くす詩でお前を八つ裂きにする詩でお前を震え上がらせてやる詩でお前を泣きわめかせる詩でお前をぶっ壊す

詩である限り悪魔であり続ける我であるのにどのように我を追いやるのか詩で

詩を書き詩を滅ぼすお前を詩を滅ぼす詩で詩を詩で詩を

火に焼かれる想いの中で 木を育てる 胡桃の木を

一本の木を立てよ 胡桃の実を降らせよ 

燃えあがる胡桃の木を 降る胡桃の実を

転がる 胡桃の実 

胡桃の実の一個の意味

宇宙

地球

瞳孔

汝は

津波を見たか
 
原子力の牙を見たか

  5

この震災は何を私たちに教えたいのか。
教えたいものなぞ無いのなら、なおさら何を信じれば良いのか。
  
ものみな全ての事象における意味などは、
それらの事後に生ずるもの。
ならば「事後」そのものの意味とは、何か。
そこに意味はあるのか。

ここまで人を痛めつける意味はあるのか。

放射能が降っています。静かな夜です。

行き着くところは涙しか無い。

私は作品を修羅のように書くのだ。
悪魔のように
ああ 自ら
私の精神と肉体の独房で
そそり立つ
胡桃の木となるのだ

お前は誰だ
もちろん悪魔だ
詩の魂だ
人間よ 
震災をゆめゆめ忘れるな
生きている熱い心臓で
血の雨に打たれて
永遠に燃え盛る胡桃の木を
忘れるな

立てよ 血の大地に
光の大河に
風と帆に
カモメよ
過ぎれ
胡桃 宇宙 地球 瞳 瞳孔 瞬き
震災め
悪魔め

詩め
災いがある限り
私の魂は安売りされるだろう
腕はもぎとられる
くれてやる
詩に
全てを
いつかは
私の詩が
私の詩に
滅ぼされる
その時こそ
悪魔の終焉
このとき
私は
悪魔に
呟くだろう

魂を返せ、夢を返せ、福島を返せ、命を返せ、故郷を返せ、草いきれを返せ、村を返せ
詩を返せ、胡桃の木を返せ

すると無数の船が飛び込んでくる、飛び込んでくる。

すると無数の馬が跳ね上がる、跳ね上がる、余震。

少年の日に転がるのはくるみの実、胡桃…。

生家の私の部屋の前には、大きな胡桃の木があった。

胡桃、言葉、胡桃、言葉…。

私は倒れたくるみの木の悲しい年輪を見つめた。
3.11さえなければ、寂しい断面を見ることもなかったろうに。

胡桃の木の年輪は私たちの、日本人の、心の模様だ。

涙、時間、家族、歴史、福島、命、未来、ひしゃげた車、横倒しの船、水蒸気、避難所、官房長官の答弁…、日本人の年輪。

胡桃の木の切断面を見つめてると、私の歴史が涙を流すぞ。悪魔め。

悪魔と呼ぶのなら答えてやろう。お前のひ弱さヲ。

耳を貸さぬ。

お前ハまだ悪魔ノ本当を知らない。

俺の精神には烈火の年輪が渦巻いている。

お前こそが悪魔である。

どういうことか。

お前は一人部屋で震えた、お前は一人部屋で泣いた、お前は一人壁を叩いた、お前は一人日本に絶望した。しかしそれだけだ。後は愚図の詩を書き、魂を安売りした。

だから何だ。

お前が詩を書くから、大地は怒り、破壊するのだ、世界がな。

絶句。余震。

ほら、世界はたやすく沈黙を破るのだ
そして根こそぎ、
世界は世界を奪う

目の前には
破滅しか無いではないか
お前のくだらぬ詩が
何の役に立つ
破滅しか無いではないか

お前こそは
悪魔である

  6

私は涙を制御することが出来ない。

「絶対」を信じていた 世界の「絶対」 日常の「絶対」 原子力の「絶対」

もはや 何の「絶対」だろう。「「絶対は無い」」ことの絶対か。

絶対は無いことの絶対 はないことの絶対 はないことの絶対 はないことの絶対 はないことの絶対 はないことの絶対 はないことの絶対 …

原子力の絶対 ふるさとの絶対 福島の絶対 日本の絶対 恋の絶対 金の絶対 あなたの絶対 人生の絶対 言葉の絶対 絶対の絶対

絶対の原子力 絶対のふるさと 絶対の福島 絶対の日本 絶対の恋 絶対のお金 絶対のあなた 絶対の人生 絶対の言葉 絶対の絶対

絶対を信じることしか出来ない 信じなければ 大地は 大河は 大海は 私たちを信じてくれない 放射能の雨 実感 

何?

絶対に 生きる

絶対に 生きる

私たちはここに生まれた。福島の大地を
私たちが信じなければ、誰が信じる。

生きろ、絶対に生きろ。

魂の木を想う、魂が転がる闇を想う、魂は夜を明かす、魂は言葉を呟く、魂を生きよ、魂を生きている、あなた 

あなた 大切なあなた あなたの頬に 涙

いつか 安らぎの 一筋となるように 祈ります

そして共に 船の舵を 詩の舵を

闇の港から光の岸へ 私たちが朝となり 私たちが誕生となり

船を 詩を 櫂を 漕ぎましょう

新しい詩を生きるために 新しい詩を生きよう

共に信じる ここに記す

震災の短くも激しい歴史 震災の多くの涙 震災の止まない怒り 悲しみ 暗闇 光

私の震災そのもの それを 祈りとして 

この言に託す

明けない夜は無い

  7

この世界は 
あまりにも過剰に静かに騒然と沈黙している。

だから

あなた あなたを想っています 

暗い夜の谷の底で 
明かりなど無い夜の奥で 開く 
一つの 花のように 

あなた 暗闇で震えている あなた 
あなたは一人では無い 私だって 震えている

あなた 涙が止まらない あなた 
あなたは一人では無い 私だって 涙が止まらない

あなた あなたを想っています 暗闇の底で 底の 底は底 
あなた あなたを 震えながら 想っています

辛くは無いですか 寂しくは無いですか 
生きるとは誰もが 精神と肉体の独房で 
寂しく寂しく 心と暮らしていくしかない

だけど あなたは一人じゃない 
私はあなたを想っている

私はあなたをあきらめない
あなた あなたを想っています

おやすみなさい

水平線よ
地平線よ

明けない夜は無い

朝が
美しい

涙の後に
虹をあおぐ 

拳を開いて
優しい風を味わう

隣人の肩を撫でて
葉のそよぎを聞く

詩の一行目を書こうとして
ふと雲を見つめると

あなたが夢中で話している
声に耳をすませると

未来を祈る
水平線に
地平線に

言葉が来た

それぞれに

朝が来た

命が来た

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2012.08.09更新