悲しみ

三月十一日 悲しい 揺れ 巨大な 揺れ あれから

私の街の駅はまだ目覚めない。囲われて、閉じられて、消されている。

私の街の駅とあなたの街の駅と、助けて下さい。駅が奪われている。

人が旅立つ場所が無い、行き交う場所が無い、帰る場所が無い。時計は2時46分で止まったままです。

あなたの街の駅は、壊れていませんか。時計はきちんと、今を指していますか。おやすみなさい。明けない夜は無いのです。旅立つ人、見送る人、迎える人、帰ってくる人。行ってらっしゃい、おかえりなさい。おやすみなさい。僕の街に、駅を、返して下さい。

腹が立つ。ものすごく、腹が立つ。

どんな理由があって命は生まれ、死にに行くのか。何の権利があって、誕生と死滅はあるのか。破壊と再生はもたらされるのか。

行方不明者は「行方不明者届け」が届けられて行方不明者になる。届けられず、行方不明者になれない行方不明者は行方不明者ではないのか。

横に揺れる幅が相変わらずに大きい。何かに乗っているような心地になる。馬の背中が地だとすれば、私たちは騎手。悲しい騎手。

震度はどのようにして計る。その度数とはいかなる基準であるのか。ある日は丘の上に立った、小さな旗を眺めていた。あの風にも旗にも、そして揺れるままの現在にも、度数は有るか。地よ。しーっ、余震だ。

余震。揺れている。私が揺れているのかもしれない。揺れている私が揺れている。揺れている私が揺れている私を揺すぶっている。揺れている私が揺れている私を揺すぶっている私を揺すぶっている。揺れている私が揺れている私を揺すぶっている私を揺すぶっている私を揺すぶる。

あなたには、懐かしい街がありますか。暮らしていた街がありますか。その街はあなたに、どんな表情を、投げかけてくれますか。

あなたにとって、懐かしい街がありますか。私には懐かしい街があります。

その街は、無くなってしまいました。

あなたは地図を見ていますか。私は地図を見ています。その地図は正しいですか。私の地図は、昔の地図です。なぜなら今は、人影がない。…。

放射能が降っています。静かな夜です。

ここまで私たちを痛めつける意味はあるのでしょうか。

ものみな全ての事象における意味などは、それらの事後に生ずるものなのでしょう。ならば「事後」そのものの意味とは、何か。そこに意味はあるのか。

この震災は何を私たちに教えたいのか。教えたいものなぞ無いのなら、なおさら何を信じれば良いのか。

放射能が降っています。静かな静かな夜です。

生きると覚悟した者、無念に死に行く者。たくさんの言葉が、心の中のがれきに紛れている。

僕はあなたは、この世に、なぜ生きる。僕はあなたは、この世に、なぜ生まれた。僕はあなたは、この世に、何を信じる。

行き来る、行き来る風よ。そぼ降る、そぼ降る涙よ。広がる、広がる大地よ。俺は進む、海まで、進む。

海のきらめきを、風の吐息を、草いきれと、星の瞬きを、花の強さを、石ころの歴史を、土の親しさを、雲の切れ間を、そのような故郷を、故郷を信じる。

2時46分に止まってしまった私の時計に、時間を与えようと思う。明けない夜は無い。

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