詩の礫 「詩ノ石コロ」

靴ひもを 結んで また ほどけて 結ぶ また ほどけて 結ぶ 結び 直す 世界は しどけない 結び目の 連続だ

花びらがくるくると 道ばたで 回っている 風のせいなのだろうか 誘われているのだろうか

左の靴ひもを 結び直しているうちに まず 右側の世界が ささやき出すのだ ああ 夏のはじまりだ 万緑のはじまりだ 

こんなことで いいのかよう 雲が浮かんでいる こんなことで いいのかよう 雲が散り散りになった 水のある田んぼで ざりがにが脱皮している 水の無い田んぼで 意味が卒倒している 見上げた 山の影に 西陽が 当たっている

踏切で きみはどんなことを思っていますか 踏切棒があがったら きみは前に進みますか それとも後戻りをしますか 電車が過ぎるまでに 結論を出さなくてはいけない だって列車は 遅い春を乗せているから

踏切で きみはどんなことを思っていますか 春の電車が いっさんに 通り過ぎていきます 何を想い出しましたか 何を忘れてしまったのですか 季節は呟くことをやめないのに たくさんの列車の窓に 生きていくことを約束して 涙を拭いて

「仮設「孤独死」34人 年々増加、8割が男性」「東日本大震災と東京電力福島第一原発事故で避難生活を強いられ、県内の仮設住宅で誰にもみとられずに死亡した「孤独死」は3月31日現在、累計34人に上ることが県警への取材で分かった」(4月11日福島民報朝刊) 心に踏切がある 踏切がある

踏切で きみはどんなことを思っていますか 列車がさしかかり きみは立ち止まり 列車が通り過ぎて きみは思いをめぐらせる どうして僕は ここに立っているのだろう この国に生まれて この街に生まれて 何を問われているのだろう 

踏切で 踏み切らない その先を 踏み切れないまま 列車は永遠に通り過ぎる 通り過ぎようとする さしかかる 警笛 私たちは 石ころを蹴ったまま

駅の待合室の 静けさの中で 私は いつまでも あなたの訪れを待っています また新しい列車が来た たくさんの人の波が 押し寄せて 過ぎていく 誰もいなくなる こんなとき あなたの訪れを 待っています

駅の待合室の 静けさの中で 私は いつも あなたの訪れを待っています たくさんの人間の波が 通り過ぎて いなくなる 誰もが こんなとき あなたの死の意味を 静けさの中に 探しているのです

発車時刻が近づくと この町で暮らす たくさんの人々が どこからともなく 集まって来る 誰も あなたではない あなたではない 誰も 誰も あなたはどこにいますか あなたの心には 行き場がありますか

あなたは電車に乗って 行ってしまうのか 走ってもたどりつかない かなたへ 足跡がいくつも続いています 誰もいない 意味の向う側へ いくら 歩いても いくら 駆けても たどりつかないものがある それは何ですか 分からないから 旅をするのでしょうか いくら 心が傷だらけでも  

春の野を たくさんの眠る人を乗せて 電車は通り過ぎていきます 朝の陽がさしています 光の輪が 車両の影を 追いかけていきます 一本だけ 樹が丘に立っています 春の朝を たくさんの人々は 眠ったままで 通り過ぎていきます

春の野を たくさんの眠る人を乗せて 電車は通り過ぎていきます みんなよく眠っています その深さを 長さにかえて 電車は野をかけていきます かけていきます 誰もいないホームで 春の光が 手を振ってくれています

春の野を たくさんの眠る人を乗せて 電車は通り過ぎていきます どの町に行けば目覚めは 待っているのでしょう いつまでもたどりつかないような気がします それほどに 春の眠りは深いのです 電車は速度をあげるのです ほら チューリップが 一本ずつ 満開です

春の野を たくさんの眠る人を乗せて 電車は通り過ぎていきます ホームに停車すると そこは 誰もいない朝です 家 家の窓は 一日の暮らしの始まりに まだ 気づいていない いや もう 早くから起き出している 窓もあります だけど 不思議と 窓は 開かれていない 寂しい

春の野を たくさんの眠る人を乗せて 電車は通り過ぎていきます 光の子どもが 追いかけて 追いかけられて 追いこして 線路の先を 駆けていきます 無人の駅の すぐ近く 家 家 の 窓辺で 幼い子の影が 黄色いクレヨンを 失くしてしまいました    

春の野を たくさんの眠る人を乗せて 電車は通り過ぎていきます 長いトンネルにさしかかります もう この暗やみから 出られないのでしょうか だって みんな 眠ってしまっています

ああ あの人 軽く いびきをかきはじめました 隣の人が 分からないように 肩を 少し 優しく 押し当てて それを止めました みんな 眠れなくなってしまうからです あの人と その人 軽く頭を 下げた 目をつむったまま 

誰も乗らない列車が 行き過ぎる たくさんのがれきや 舟や 車や 家や 斜めの 電信柱や 壊れたケータイや 泥だらけの畳を 乗せて 行き過ぎる

誰も乗らない列車が 行き過ぎる 失われてしまった 片方の靴をのせて いったいどこまで 運んでいくというのか もう片方の靴を探しにいくのか  

誰も乗らない列車が 行き過ぎる たくさんの人の 眠りをのせて 明るすぎる 陽ざしの中を 速度を上げて 列車の影 母から子への手紙 「こわかったね ぜったい わすれないからね どうか こわい思いが なくなりますように」 たくさんの人の 眠りの中に 母の手紙は 置かれてあります 

わたしたちに問う わたしたちの線路は どこまで続いているのか どこからやって来て どこへ行こうとしているのか 「広野町 避難区域解除 帰還した住民 3割未満」

あなたの眠りはどこから始まりましたか どこを通過しましたか どこにたどりつきたいのですか いつから眠っているのですか いつまで眠るのですか この電車は誰も目覚めてはいない 目が涙でいっぱい 座席に 友を探す 知人を探す 教え子を探す 母の手紙を握りしめている 子どもを探す 少年よ 

踏切で きみはどんなことを思っていますか 踏切棒があがったら きみは前に進みますか それとも後戻りをしますか 電車が過ぎるまでに 結論を出さなくてはいけない だって列車は 春を乗せています

たったいま不明なる不明を眠らせて春の朝は何億もの夜を乗せて踏切を過ぎると光が輪を探しつづけて太郎を眠らせて次郎を眠らせて

太郎を眠らせ次郎を眠らせ光る輪になる太郎を眠らせ次郎を眠らせ光れ輪になれきしれ走れ太郎列車次郎列車輪

あの駅では たくさんの影が手を洗っていた 影だけがあった 誰もいなかった 手だけがあった 出しっぱなしの水道水だけがあった いや 蛇口もきちんと締められていた 手だけがあった いや それは手 手 こすられている 思想の空虚  

たったいま不明なる不明を眠らせて春の朝に少年は眠りにふと落ちそうになるその時に母に名を呼ばれたような気がして言葉を覚えたばかりの子どものように返事をして目覚めた明け方にああわたしはこの世界に生きている涙が追いこしていったよ母さん 

誰 か が 買 っ た ば か り の 「 ス イ カ 」 カ ー ド を 失 く し た 期 限 は 〈 廃 炉 〉 ま で 「 誰 か 」 は 永 遠 に 降 り ら れ な   く な っ て し     ま っ た の か ど う な っ た の         か

太郎を眠らせ次郎を眠らせ光る輪になる太郎を眠らせ次郎を眠らせ光れ輪になれきしれ走れ太郎列車次郎列車輪太郎を眠らせ次郎を眠らせ光る輪になる太郎を眠らせ次郎を眠らせ光れ輪になれきしれ走れ太郎列車次郎列車輪太郎を眠らせ次郎を眠らせ光る輪になる太郎を眠らせ次郎を眠らせ光れ輪になれきしれ走れ太郎列車次郎列車輪

無数の春の眠りが 春の朝をよく眠っている 満員電車 誰も目を開かない 吊り輪には 孤独だけが ぶら下がっている 揺れている 孤独だけが ぶら下がっている 揺れている ぶら下がっている 揺れているのは 吊り輪 孤独

私たちの孤独とは どこからやってくるのか それはあなたが 眠っている間に 満員電車に乗って やってくるのだ あなたの孤独は 決して 眠ることがない こんなにも 眼を開いている こんなにも 覚醒している

春の朝に 車掌さんも あくびをひとつ そのまま また 眠ってしまった 電車の通路には どうやって 紛れこんだのか 石ころ

新しい山の影だ かつて あなたはそれを見上げて 季節の意味を知った 春の讃歌を聞いた 鳥のさえずりに 耳をかたむけた 空の深さを 胸の奥まで吸い込んだ 恋人や わが子の手を握った だから 目を覚まして欲しい 満員電車で 眠る人々よ 春の朝の列車の窓に

新しい街の光を映している あなたはそれに目を細めて 時間と都市の意味を知った 幸福な人々の暮らしを願った ビルディングを総べる風の涼しさを  歩道を並んで歩く 集団登校の子どもたちの ほほえましさを だから 目を覚まして欲しい 満員電車で 眠る人々よ 春の朝の列車の窓に

新しい海の凪を映している あなたは潮風を味わって 出漁の時を知った 船のエンジンをかけて 網をロールに巻きなおして 旗をたてて 大漁を祈った 風が強く吹いてきた 水平線が 生命の火が 灯るように 明るくなった 目を覚まして欲しい 満員電車で 眠る人々よ 春の朝の列車の窓に

生きるために 眠るのだろうか 眠るために 生きるのだろうか ふと 真昼には あたたかな ベッドに入ることを 静かに想い ふと 真夜中には 床の中から 涼しい朝を想う わたしたちはみな 同じ 満員電車に いつも乗っている 窓に 朝焼け 夕暮れ 生きる 眠る 涙だけが 目覚める         

わたしたちは 次の駅で降りなくてはならない このまま 眠ってしまっては いけない 何のために このまま 目覚めなくても 良いのではないだろうか 眠 れ よ 良 い 子 よ ふ る さ と 大 地 の 子  窓   ミズキ   散る 舞い散る 舞 い     散       る

あなたは眠りながら 見つめている そのまなざしの先で 花々が咲く野原の 満開の木の枝の いくつもの鳥の姿を眺めている 花びらが 散っているなか 夢中でついばむ鳥たちを くちばしの先にあるものを それは 空だ 青空だ めぐる初夏だ 目覚めなくてはいけないのだ  
 
この満員電車のどこかに 友がいる 教え子がいる 知人と 知人の母がいる 何百人もの行方不明者がいる 十数年前に亡くなった わたしの 祖母がいるんです

朝の満員電車 スマートフォンをいじるのに夢中の人々 新聞読みふけっている人々 大きな旅行カバンを前にしている人々 イヤホンを大音量にして目を閉じる人々 みな 眠ったままだ 目覚めなくてはいけない 目覚めなくてはいけない この満員電車のどこかに 静かな踏切りがある

朝の満員電車 昨日の話に夢中の人々 熱心に文庫本を読む人々 手帳にメモしている人々 あくびを噛みころしている人々 時計を巻き戻している人々 傘を倒した人々 みな 眠ったままだ 目覚めなくてはいけない 目覚めなくてはいけない この満員電車のどこかに 静かな踏切りがある

満員電車 靴の中の砂を逆さまして落とした人 懐かしい友の名を思い出した人 深爪した人 空いた座席に座った人 座れなかった人 中吊り広告の漢字が読めなかった人 読めた人 みな 眠ったままだ 目覚めなくてはいけない 目覚めなくてはいけない この満員電車のどこかに 静かな踏切りがある

逆さまにした本を直して読み始めた人 大きなあくびをしながら恋人にメールした人 定期券が切れることに気づいて財布の中身を確かめる人 マスクをかばんの底に探したが 無いことが分かって 仕方が無いから くしゃみをする人 振り向く人 みな よく 眠っている

みな よく 眠っている どうか 目覚めてください 

みな よく 眠っている どうか 目覚めてください あの山を越えると 誰もいない街があります 

みな よく 眠っている どうか 目覚めてください あの山を越えると 誰もいない街があります 誰もいない国があります

どうか 目覚めてください あの山を越えると 誰もいない街があります 誰もいない国があります 春を眠る人々の あなたとわたしの心の中には 誰も蹴らない 石ころがあります

どうか 目覚めてください あの山を越えると 誰もいない街があります 誰もいない国があります 春を眠る人々の やさしい吐息が 雲を流します 

どうか 目覚めてください あの山を越えると 誰もいない街があります 誰もいない国があります わたしたちは 目覚めていないのに 遅い春は 新鮮に 目を覚ましています

どうか 目覚めてください あの山を越えると 誰もいない街があります 誰もいない国があります わたしたちは 目覚めていないのに 遅い春は 新鮮に 目を覚ましている 私の春の夢は 列車を降りた。 青い帽子を かぶって 少年の姿になって 

私の春の夢は 列車を降りた 青い帽子を かぶって 少年の姿になった

橋の上 阿武隈川 炎が揺らめいている 青い帽子を かぶった 少年は 分かった   
どうか 目覚めてください あの山を越えると 誰もいない街があります 誰もいない国があります わたしたちは 目覚めていないのに 春は 新鮮に 目を覚ましている 少年は列車を降りて 改札を抜けて 街を歩き 橋の上 阿武隈川 炎が揺らめいていると思った 大きな鯉が 悠々と 泳いでいた 泳いでいた  

遅い春は 新鮮に 目を覚ましている 橋の上 阿武隈川 炎が揺らめいていると思った 大きな鯉が 悠々と 泳いでいた 泳いでいた 川の中に炎があった 涙が止まらなくなった どうか 目覚めてください あの山を越えると 

誰もいない街があります 誰もいない国があります 遅い春の橋の上で 渡らない その上を 渡れないまま 阿武隈川は 永遠に通り過ぎる 通り過ぎようとする さしかかる 口笛 少年は 橋の真ん中で 石ころを蹴ったまま

きみよ 少年よ きみは 青い帽子をかぶっていた あの日の子どもなのでは あるまいか

橋の上で きみはどんなことを思っていますか 川のどこかに 竹の竿が 突き刺さっている きみは 立ち止まり 雲は通り過ぎて きみは思いをめぐらせる どうして僕は ここに立っているのだろう この国に生まれて この街に生まれて 何を問われているのだろう 

少年よ きみは あの日 母から 小さな 手紙を 受け取った 子どもだ 「こわかったね ぜったい わすれないからね どうか こわい思いが なくなりますように」 あの日から 私たちの 心の奥で 育ってきている 青い 帽子を かぶっている 子どもだ

水の中の炎 いや あれは鯉だ 真っ黒な魚の 大きな 銀色の腹が 朝陽に 光っている くねる尾 くねる尾 川のどこかに 竹の竿が 突き刺さっている 突き刺さっている 

わたしは そんな夢を見ながら 目覚めない 誰かの隣の席に 座っています うつむくと 吊り輪が揺れる 吊り輪が揺れる わたしも このまま うたたねをつづけます そうするしかないのか 否 目覚めたいのだ 遅い春の眠りから 

踏切で 日本人は 人々は どんなことを思っていますか 

踏切棒があがったら 日本人は 人々は 前に進みますか それとも後戻りをしますか 
電車が過ぎるまでに 結論を出さなくてはいけない 

だって遅い春の列車は 失われた人々の暮らしをいつまでも乗せているから

踏切で 

きみはどんなことを思っていますか 

列車がさしかかり 

きみは立ち止まり 

列車が通り過ぎて 

きみは思いをめぐらせる 

どうして僕は ここに立っているのだろう 

この国に生まれて 

この街に生まれて 

何を問われているのだろう 

すべての影は通り過ぎた 

踏切棒があがった 

石ころを蹴るしかない 

石ころを蹴るしかないのか 

永遠に遅刻している 

私たちの命よ

詩ノ石コロ ソレヲ蹴ル  

ありがとうございました おやすみなさい


5月15日「詩の礫」発表作品

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