電車乃座席日記 某月某日1

春から電車通勤となった。
家から職場まで、徒歩も含めると往復でおよそ三時間を超える道のりである。
電車に揺られながら、カバンの中から本を取り出す。
時には何冊も持ち運んでいる。読み終えられなくて、通勤時間を長く伸ばしてもらいたくなってしまう時がある。
そして時折に目が疲れると、電車の中で手帳に日記をつけている。
この日記を読んでくれるあなたに、手紙を書くつもりで、この春から、こつこつと書いていきます。

心のかげんが弱まっている気がするときが誰にでもあると思うのだが、そんな時に本を開くことで、ほんのわずかでも心が動き、前へ踏みだそうと思うことが出来る。
そのような本と出会いたいといつも思う。
東日本大震災後、私のみならず涙もろくなってしまったと語る人はとても多い。
友人に教えてもらったことなのだけれど、それはそもそも人に備わっている防衛本能の現れであるらしい。それでは何を〈防衛〉するというのだろうか。
私はとっさにこんなふうに思ったのだった。
ああ、心が流れ落ちてしまわないように、涙が先に流れていくのだ、と。
私は震災前まで、何かを読んで泣いてしまったということは一度たりともなかった。今は、いろんなものを読み耽りながら、響いてくるものがあるとすぐに目が潤んだりにじんだりしてしまう。心をこぼしてしまわないように、私たちは本を読むのだ、とはっきりと分かる。
本は自分の心の今を映し出してくれる鏡。特に震災後、「心の今」を語ることは、そう簡単ではないのだと分かった。例えばあなたがそれを簡単に口に出来るのなら、それはまだあなたの本当の「今」ではない、と私は思う。もっと簡単には語れない何かなのだ。こんなに混迷した社会の中を生き抜く私たちは、語れない何かを抱えながら、それでも毎日を生きていくしかない。しかし私たちは本当は「心の今」を、語りたいのだ。言葉の海の底に語れない心を沈めるようにして、そしてゆっくりと水面に浮かんでくるものを見つめよう。それが、私たちが本を読む理由なのかもしれない。
「言葉が立ち上がる時」(柳田邦男・平凡社)を読んだ。

柳田さんはある日、息子さんを失ってしまった。
自ら命を絶ってしまった。
それから柳田さんは父として自問自答の日々を送り続ける。
息子さんは離人症という病を負った。それが回復へと向かっていったと思った矢先のことであった。
それから柳田さんは、常に自責の念にかられながらも、少しずつ時間をかけて道を歩み始めていく。
どうしたのか。やがて季節がめぐり柿が赤々と熟していくかのように、自分の心が変わっていくのを待ち続けた。柳田さんにとってはその間、ひたすらに本を開き続ける時であった。
様々な作品に、命を絶った息子さんの言葉を探している姿がある。
癒えることのない喪失感を、息子さんの声を古今東西の書物の中の言葉に探し出すという行為で、消えてしまったかけがのない命にあがなうようにしながら、空白を埋めようとした。
このことが柳田さんの心をゆっくりと強くしていったのである。

「言葉をめぐることは旅することである」と柳田さんは最初に言っている。
「これは言葉のルポルタージュであり、書々周遊の旅であり、生と死をめぐる人生哲学の旅でもある」と本書の冒頭で語っている。
誰もが方角に迷っているかのような現在に、それでも先の見えない暗い海へと帆をあげることの覚悟を、柳田さんは作家精神で感じている。
大きく対決しようとしているのは、東日本大震災の不条理、ひいてはこの社会が抱える不条理。拭いきれない喪失への涙を、毅然と立ち向かう決意のそれへと変えている姿に、書物と向き合うことへの一つの闘志を見る。
本の中ではまず、ニーチェやホメロス、あるいは芭蕉や河合隼雄などが残した様々な箴言や言文、それらと比して、様々な困難の諸相や医療現場の問題、時には震災後に登場した詩歌や物語や被災者のコメントなどに触れて、考えをめぐらせている。
どうしても「今」を考えることは、現在=時間の横軸だけを見つめてしまいがちである。
柳田さんは古典=時間の縦軸も同じように大事にしている。古典を読むということは膨大な、あるいはある種の難解さと向き合うことだ。縦と横を編むようにして、手の中でジャイロスコープを回さなくはならないということなのだろうか。
震災後の日本社会の違和感を心にしまい込んだまま、表に出すことの出来ない悶々とした人々が大勢いる。その人たちの代わりに警鐘を鳴らすために、柳田さんは古今東西の言葉の水際に立ち尽そうとしているかのようだ。

私たちの心には言い表せないものが眠っている。
それは深層にある言葉に出来ないものであり、しかし私たちの存在を本質的にとらえようとしている形にならない何かなのだと思う。
このことは言い換えるのならば、形に出来ないこの災いへの違和感なのだと思う。
〈違和感〉こそは、原子力が人類に牙を剥いた後で、いまだにどうしたらよいものか全く見当がついていない日本人の心へと強い鐘を打ち鳴らすものであり、ぶつけようがないから沈黙を選ぶしかなくなっているうちに、現代社会に飼いならされていってしまうことへの不安を気づかせてくれる何かである。
それを言い表す言葉を、膨大な本の海の波間の一節一節から見つけ出そうとしている後ろ姿をあなたに感じて欲しい。

例えばこれは、柳田さんが心の支えにしている本の「夜と霧」の作者フランクルの講演録からの言葉である。「フランクルはどんな過酷な運命の元に置かれても、人は生きる意味を実現することができると言い、「私たちが「生きる意味があるか」と問うのは、はじめから誤っているのです。つまり、私たちは、生きる意味を問うてはならないのです。人生こそが問いを出し私たちに問いを提起しているからです」」。
問いの提起に向き合い続けること。
息子さんの声を探して、立ち直った時と同じ姿勢がここにはある。二十数年前に失ってしまった息子さんの影が心の中でいつも彼を諭しているからだと読み終えて感じた。
膨大な仕事へと向かう姿だが、それが私たちの心に強さを教えてくれる。万象の言葉を航海しようとする彼のまなざしに、導く灯の明かりがあることを信じたくなる。

「放射能よりも恐ろしいのは心が壊れてしまうこと。このままこの場所を捨ててどこかへ行ってしまったら私の心は壊れてしまうだろう」と飯舘村の女性の手記が本書の後半で紹介されている。
あなたに問いたい。
あなたの心は壊れていませんか。
心を守るために、見つけるために、手のひらで私はあなたと言葉の海を開きたい。