詩人のあぐら5/20

 「詩人のあぐら」というこのタイトルは、三〇代中頃にこのシリーズ名で新聞に短期連載をしていたことを思い出したのがきっかけである。
 和合がいろんなことの上に胡座をかいてみるような気持ちでエッセイを書きます…や、どうぞリラックスして読んで欲しい等の意味を持たせたと記憶する。このホームページ上で、リベンジを試みることにしたいと思う。
 そのような気持ちで、目を通していただけると幸いである。

 ★ 

 ダムぶら 

  
 「マンダラミュージアム」というものが、福島の茂庭にある。茂庭とは飯坂の上に位置する、奥深い場所であり、川遊びなどが出来る、なだらかな川の瀬と岸辺があることでも有名なスポットだ。ここには上のほうにダムがあり、時々、私はなぜだかそこへ行く。
 ダイナミックな眺めである。あんまり見つめているとなんだか恐くなる。脅威を感じてしまう。しかしどこか不思議なエネルギーがやって来る気がする。なぜだか、自分に何かしらの気合いを入れたい時に、その付近をうろうろすることにしている。このことを私は勝手に「ダムぶら」と呼んでいる。 
 そこへとたどりつく途中に、この博物館は存在する。入り口をのぞいていみると、お客さんはたまたまなのかもしれないが、誰も居なかった。
 この日は息子と一緒の「ダムぶら」だったのだが、先に扉を開けた彼は、一度閉めて私を振り向いた。いや、やっぱり行ってみようかと私に呟いて、思い切って2人で入ってみた。

ダム➀

 2階建ての構造になっている。1階を眺め終えて、階上のスペースに足をのばしてみると、曼荼羅の絵がたくさん飾られている。それらを一つ一つ眺めているうちに、ある旅の記憶が鮮明に浮かびあがってきた。
 中国の青海省から国際詩祭への招待を受けて参加した時の、およそ十日間の日々である。青海省のホテルに宿泊をして、フェスティバルに参加したり、青海湖やチベットなどをめぐったりした。
 北京から飛行機で二時間ぐらいのフライトだったと記憶する。同じ中国なのに日本から北京に行くよりも遠いところにある。そしてこの青海省の土地とは、富士山よりも標高が高い。これは落ち着いて考えてみるとすごいことなのかもしれない。富士山の上に広がる街。
 各国から2名の招待があり、詩人の城戸朱理さんと隣り合わせて飛行機に乗る。到着が近づいてきて、窓から景色を眺めて私は絶句した。
 聳える山々が、赤々としている。植物がない。異様な赤い岩肌。「このあたりは草木の生える高度ではない」と城戸さんが教えてくれた。到着して後に、しばらく息苦しさがある場合には、呼吸が楽になる薬というものがそちこちで売っているらしいことも。
 空港に着くと各国の詩人たちが集まっていた。バスでホテルまで移動。運転手さんをのぞいて、全て、詩人。このようなバスが他にあるだろうか。そして、この運転手さんも詩人だったとするならば! などと思っていると宿にたどりついた。
 夕食後、ホテルの地下へと直行して、ビールやおつまみを買った。すると白人系の詩人から、「すみません。お味噌汁は売っていませんか」とジョーク交じりに背中から声を掛けられた。
 この時の私の振り向いた反応の素早さを、今でも私自身は覚えている。日本からとても遠い場所に来てしまったと実感している時の、独特の心細さを私はいつも必ず海外に来るとまず最初に持ってしまう。ここで不意をつかれた気がした。
 このニセ日本人と笑って握手した。
 ちなみになのであるが、五日ぐらい経ったときに、ロビーで日本人の観光客二人があれこれと日本語で相談していたのを耳にして、何のためらいもなく「日本から来られたのですか」とたずねてみた。お二人は初め、中国人が近寄ってきたと思ったらしく、いきなりに日本語が飛び出してきたので、かなり驚いた様子だった。
 なんと二人とも泣き出したのだった。これから高山鉄道に乗ると言った。しばらく談笑して、見送った。気持ちは分かるけれど、そんなに心細くなっていて大丈夫かナと心配になった。
 ある日、バスによる一日中の視察旅行の日があった。
 早朝出発。バスは10台となった。中国全土から詩人たちが集まってきて歓迎してくれた。バスの一隊の総人員は500人ほど。全て詩人(運転手さんとイベントスタッフを抜かして?)! いよいよ黄河の源流などを見に行く(予定)。
 城戸さんも私も、実はここに到着してからずっと楽しみにしていたのだ。しだいにその場所らしき、山深いコースへとバスは向かう。ぐねぐねの坂道を進むバスの一列。
 これが修学旅行だったら、下の道を走る後続のバスなどに手を振るところである。山深いところをずっと走っているうちに頂上らしきところを通過して、やがて下界へ。
 昼食は広東料理だった。円卓を囲みながら、中国側の方に「これから源流に行くのですよね」と確認してみると「いや、さっき通り過ぎましたよ」「ご覧いただけましたか?」とあっさり。
 ! ううむ、車中では何らかのガイドというものがあったり、停車して記念写真をしたりと勝手に想像していたが、それは予定として考えられてなかったようだ。完全に見逃してしまった。一言でいいから教えて欲しかった。
 午後、チベットの、ある寺院へ。回廊を歩いていくと、塀に囲まれた場所があり、そこを入ってみると牛や馬などの剥製があった。口の中にはワラが入っていた。
 まず驚いた。そして敬虔な心持で手を合わせた。そこを出ると広場になっていて、たくさんの少年僧が、それぞれにペアで激しく言い合いのようなものをしているのが見えた。
 スタッフの方からうかがった。あれは互いに積極的に問答をしているのだ、と。夕方近くに訪れたのだが、その時間になると、やりとりを始めることが修行の日課として決まっているそうだ。
 彼らはお寺に預けられた身の上であり、結婚したり家族を持ったりはせず、ずっとこの寺院で生きていくのだと教えてくれた。
 遠くはなれた異郷で、このように生きている若者たちがいる。私はなぜだか今でも夕暮れになると、ふと、この光景を強く思い起こすことがある。
 それからしばらく歩いて堅牢な建物へ。
 その奥の部屋の祭壇の隣には、一枚の曼荼羅が掲げられていた。それを見つめていて、私も激しく何かを問われているような気がしたのだった。
 何かが私の前で円を描き出した。慌てて私はそれを見つめた。巻き込まれそうになっているのが分かった。これは何だ。どんどん回り始めている。
 過去も現在もぐるりと混ぜ合わせてしまう、凄い力があるのかもしれない、曼荼羅には。
 背後から館の職員の方に「曼荼羅はお好きですか」「今まで本物を見たことはありますか」と優しく尋ねられた。
 渦巻く。

 

ダム②

 

詩人のあぐら 
毎週月曜日 ホームページ連載予定

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