風が飛び込んできた朝に

とにかく登っているのだ。高いところへと。あらん限りの力で、いろいろなものを手でわし掴みにして、足に力を込めて、息を切らして進んでいる。背中にはパラシュートのようなものを背負っている。上へ行かなくてはいけないと、なぜだか強く思っている。理由は分からない。導かれるようにして上へ、上へと、進んで行く。しだいに険しさは増していくが、空気が澄んでいることが鮮やかに感じられる。

かなりの難所にさしかかると、これは絶対に不可能であることを悟る。しかしともかくも止まってはならないので、昇ることを続けていく。本来なら大変な肉体と精神の葛藤のドラマがあるのだろうが、上手く乗り越えることが出来てしまう。そのようなところは省略とでもいうかのように、クリアすることが出来てしまう。不思議だ。あんまり考えない。行かなくてはならない。

そこであると目的地は決定されている。近づくほどに風がさらに強くて、そしてとても冷たい。寒いが温度の低さがとても心地良い。後ろ向きにダイビングをするのは、かなりの勇気がいるだろう。そしてどうやら私は初心者のようなのだ。それにしてもこんなふうに涼しいのは久しぶりだ。背中から、ということは変わらずに恐ろしいのだが、どうやら決断の時は来たようだ。

ひるがえすのだ。飛び込んだら、世界と取引きを上手く交わして鮮やかに…、しかし待てよ、どうやら私は背中から飛び込むのは良いのだが、体をひるがえす練習もしていないらしいのだ。ううむ。ひるがえすことに失敗したら、そして万が一それが出来ても、パラシュートが開かなかったらどうするつもりなのか、と自分に問う。かなり深刻な問題なのだが、空の中でまずは考えてみてはどうかという私の声も聞こえる。

思い切り飛び込む。何かに落伍していくかのように。そして上手くひるがえすことが出来た。五体を伸ばすと、風と雲がまず始めに心に飛び込んできて、それからいろんなものが入りこんで来るかのようである。凄い力が渦巻いている。これが大気というものなのだろうか。落下する。何かに振り落とされるかのように、振り払われるかのように。何かが迫ってくる。たちはだかるものは、大地というものなのか。

私はなぜ、この世に生まれたのか。そしてなぜ、死にに行くのか。風に襲われる中で必死に考えている。答えなどは出ない。見つからないかわりに、このように激しく落下していくしかないのだろうか。まるで全身に全身が遅れてやってくるかのようで、あるいは、私が早くそれに追いつこうとしているかのようでもある。これが重力なのか。五体に飛び込んでくる、風、風、風。

窓。涼しい風が午前四時過ぎの寝室に入りこんできている。あおむけになって、手足を広げて眠っていたことに気づいた。しかしまだはっきりと目覚めてはいない。うつぶせにならなくて良いのかと思っているのだった。このままではパラシュートを開くことは出来ないのではないのだろうか。カーテンのすきまから見える未明の空は、うっすらと明るいのが分かったが、それでもまだ覚醒はしていない。落下の感覚が続いている。

身体に風がどんどん入っては、出ていくかのような感じがある。そうしてゆっくりと私は、これは夢だったことに気づいた。目を開くと見慣れた天井がある。驚くほどに、久しぶりにとても涼しい朝だ。澄み渡った水の中にいるような心地になってくる。風は肉体の中をまだ吹き渡っている。空の中を遊泳しているかのような気持ちになったまま、立ちあがってみた。空から戻ってきたのだ。いや、目覚めつつあるのだ。

昨日は、震災から1年半ぶりに、ロードバイクを丹念に洗った。雑巾を何枚か買ってきて、水をかけては拭き続けた。放射能雲が上空を通ったから、この一台もしっかりと浴びているはずだ。ずっと放置していたが、やっと気持ちが動いた。吹き抜けの自転車小屋にさらされたままだったので、雨風の泥や汚れが目立つ。ギアはオイルが乾き切っていて、ペダルを回すとキーキーと音をたてる。可哀想なことをした。涙が出そうだ。

錆びてしまったところはどうしようもないが、見違えるようになった車体に、油をさす。乗ってみるとスムーズに走り出した。近くのサイクリングロードを駆ける。震災前に走り続けていた時と比べて、とても体力が落ちているのを自覚。休みを入れながら、自分なりのコースを2時間かけて走りきった。戻ってから、夕食を食べて、しばらくして、ぐっすりと眠ってしまった。遊び疲れて眠ってしまった子どもの時分を思い出した。

こんなに幸せな昨日を過ごしたのは、いつの時以来だろう。ひとまずコーヒーを入れることにした。コーヒーの豆をスプーンですくっていると、香りが漂ってきた。ゆっくりと何かが始まろうとしている。それが一日というものの内実の始まりであることが、とっさに分かる。ぼんやりとしながらどこか冴え冴えと一日をとらえようとしていることは、なんだかとても新鮮な気持ちであるし、どこか懐かしく親しいものであるような気もする。

みんなが起き出すまでもう少しだ。空の真ん中で感じた、風が入り込んでくる感覚を、すぐにでも思い出すことができる。だけど家族が起き出したり近所の人々が往来で話し出したりしている物音を耳にすると、この夢の残滓もすっかりと消え失せてしまうだろう。初めの一口を含む。舌先に風の往来があるような気がする。コーヒーによる覚醒。毎晩のように相当の落下を繰り返して、ここにたどりついているのかもしれない。